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太平洋戦争中の日本機の航空無線機は当時主流のVHFではなくHFだった

1.最後まで不備と不調に泣いた日本機の航空無線機
太平洋戦争中、日本陸海軍航空隊が連合国側に対してあきらかに劣っていた分野に航空無線機があった。太平洋戦争開戦時の戦闘機が装備していたものとしては日本陸軍航空隊の「九九式飛三号無線機」、海軍航空隊の「九六式空一号無線機」があるが、いずれも、KHz帯に近いMHz帯というべき比較的波長の長い短波(HF)無線機であり、通信の品質よりは到達距離を重視したものとなっていた。

これは戦略というよりは、超短波(VHF)技術が当時の日本にはほとんどなかったことが理由であり、同時代の欧米の航空無線機はすでにノイズの影響を受けにくいVHFのFM(周波数変調)が主流になりつつあった。

日本側の航空無線機がふるわなかった背景には、こうした基本的な仕様の旧式さに加えて、機体そのものを設計する際に無線機の効果的な運用を十分に想定していなかったという、構造的な欠陥があった。

具体的にはアースの不備、真空管や整流器といった電子部品の精度不良、ノイズの主要な発生源であるエンジンの点火系に対する有効なノイズ対策の不足、などである。

そのため、日本の航空無線機は陸海軍を問わずにエンジンがアイドリング状態では通話品質に問題がなかったが、全開飛行ではエンジンからのノイズがフルに入り込み、さらに真空管をはじめとする回路が過熱し始めると、途端に雑音ばかりになってほとんど使い物にならないという欠点を晒すこととなった。

もちろんこれらはスペース的に対策方法が限られていた単発機用の小型無線機における欠点であり、大型機用の無線機などはある程度有効に働いた。

とはいえ使えない無線機に業を煮やした一部のパイロットは、それ自体が相応の重量物だった無線機を場所塞ぎと嫌い、最初から下ろしてしまう例さえみられた。ほとんど何のための装備かわからない状況だったのである。

2. こうした航空無線機の不備は、戦闘機の実戦的運用においても大きな影を落とし、不利な結果をもたらした。具体的には日本の戦闘機では空中において長機と列機の間で無線でのコミュニケーションがほぼ不可能だったことから、指示は手信号や小型の黒板を使ったスタイルを取るしかなかったため、一度乱戦に巻き込まれてしまうと後は個々のパイロットの能力のみが頼りとなった。

対してアメリカ機は無線機を有効に活用することで、危機に陥った機が無線で救援を求めると、瞬く間に味方機が集まって来たと言われており、それによって戦況が逆転することも少なくなかった

とはいえ日本側がこうした状況に甘んじていたわけではなく、太平洋戦争後期には陸軍の場合は四式飛三号無線機、海軍の場合は三式空一号無線機といった新型機が導入され、調整さえ上手くいけば共にそれまでの機器とは比較にならない使い勝手の良さを見せたとも言われている。

ただしこの時点においても周波数はHFであり、より航空無線機に適した小型のVHF無線機を実用化することは叶わなかった

現代、どのような航空機であれ、実用的な無線機を装備しないということはない。これが戦闘ともなればなおさらのことである。そうしたことを鑑みると、実用となる無線機を持たずに太平洋戦争初期において素晴らしい成績を記録した、わが国の戦闘機パイロットの技量の高さには驚かざるをえない。

仮に開戦の時点でアメリカ並の高性能VHF無線機が完備されていれば、戦闘はさらに有利になったはずである。
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