目次

各国の戦闘機のネーミングにみるこだわりや特徴

1.ネーミングにみる各国の個性と主張
各国の戦闘機のネーミングにはそれぞれ個性がある。ただしその命名基準に一定の法則があるかというとそうでもなく、むしろ雑多と言った方が良い。

たとえば、日本海軍航空隊の場合だと有名な零戦は、ネーミングというより制式番号の略称だった。これは、皇紀の下二桁である。ちょうど零戦が制式採用となった昭和15年(1940年)は皇紀2600年に相当していたことから「零式」となったわけである。これは陸軍航空隊も基本的に同じだったのだが、陸軍は百式と表記するという点だけが異なっていた。

さて、これに対して「隼」や「鍾道」、「紫電」、「烈風」といったネーミングは、後から付けられた一種の愛称だった。これについて日本陸軍航空隊には明確な基準というものが存在しなかった

一方、海軍航空隊は、太平洋戦争中期以降になると甲戦(対戦闘機戦を想定したもの)は風にちなんだもの、乙戦(対爆撃機戦を想定したもの)は雷にちなんだもの、そして丙戦(夜間戦闘機)は光にちなんだものという基準に従って試作機の時点で命名されるようになっていた。ちなみに甲戦は烈風や強風、乙戦の例は雷電や紫電、丙戦の例は月光や極光といった具合である。

しかしこれらは戦争半ばでの導入とあって一般にはほとんど知られておらず、その名が知られるようになったのは戦後しばらく経ってからのことである。これは零戦も同じだったが、隼は早い時期からその愛称を公開したこと(加藤隼戦闘隊などが知られる)で一般国民にもその存在を知られていた

2. さて、次は諸外国の戦闘機である。まずイギリス空軍の場合、製造メーカーに一任されていた。有名な「スピットファイア」の意味はスラングに由来する「性悪女」、その後継機たるスパイトフルは「悪意」、その艦上機型のシーファングは「海の牙」といった具合に統一性はまったくなく、相当にくだけたネーミングだった。

一方アメリカだが、こちらも軍自体に制式番号以外のネーミング基準は存在せず、メーカーに一任されていた点はイギリスと同じだった。たとえばカーチス社の機体は「ホーク」「ウォーホーク」「トマホーク」といった具合に一定の統一性があったが、ホークが鳥のタカだったのに対して、 トマホークは鳥ではなくネイテイブアメリカンが使っていた投げ斧であり、単なる文字列での統一だった。

ベル社の場合は、コブラに関するものを使っていたものの、P-39「エアラコブラ」(空のコブラ)が架空の生き物だったのに対して、P-63「キングコブラ」は実在のコブラの種類だった。海軍航空隊の場合はグラマン製の機体が「ワイルドキャット」から始まり、「ヘルキャット」「タイガーキャット」「ベアキャット」と猫シリーズで統一されており、この流れは戦後も継続され最終はかの「トムキャット」だった。

ドイツの場合は、基本的にメーカーの制式番号のみであり、一部に制式番号の一部のアルファベットを取って、メッサーシュミットBf109のE型を「エミール」、F型を「フリッツ」、G型を「グスタフ」といった具合に、識別名称に使っていた例はあった。

この他イタリアなどは、マッキMC200が「サエッタ」(矢)、MC202が「フォルゴーレ」(稲妻)、MC205が「ヴェルトロ」(グレイハウンド大)といった具合に、統一性はまったく無かった。ソ連は戦闘機の制式番号は当初は数字だったのが、途中からメーカーの略称+数字(Yak-9やMiG-3など)と変わり、愛称的なものは基本的にはなかった。
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