目次

民間航空輸送の始まりは戦争がきっかけで航空会社が誕生

1.民間航空輸送の始まり
第一次世界大戦後に本格化した民間航空輸送は、航空機が戦争の帰趨を決した第二次世界大戦を経て飛躍的に増大し、国境を越えた輸送に関するルール作りが急務となりました。


「エアライン」の誕生
航空機がはじめて使われた第一次世界大戦が終結すると、欧州各国にとって、大量に余剰となった航空機とパイロットの有効活用が課題となりました。大戦終結翌年の1919年には、早くもパリ-ロンドン線が開設されるなど、航空第一次世界大戦後に本格化した民間航空輸送は、航空機が戦争の帰趨を決した第二次世界大戦を経て飛躍的に増大し、国境を越えた輸送に関するルール作りが急務となりました。輸送の萌芽がみられますが、当時は旅客需要が少なく、多くの航空会社は政府の保護を受けていました。やがて、民間旅客用の機体が開発され、エンジンや機体の信頼性と長距離性能が向上すると、国際路線や海外植民地への輸送需要が増大します。欧州では、国際線を一社に集中して競争力を高める政策が採られ、ルフトハンザ、エールフランス、ブリティッシュ・エアなど有カエアラインの原型が整いました。

一方、米国では、1920年代に郵便事業を委ねるかたちでの助成が行われました。所有する航空機の輸送能力に応じて助成金を支払うことで航空会社の大規模化が促進され、ユナイテッド、アメリカン、デルタなど、今日に残る大手エアラインのルーツも、この時代の郵便輸送にたどることができます。

シカゴ=バミューダ体制
第二次世界大戦末期の44年、米国のシカゴで、国際民間航空に関する会議が開かれました。ここで締結された国際民間航空条約(通称:シカゴ条約)では、領空主権、輸送権、空港使用、航空機の国籍、関税などの原則が規定されると共に、条約批准国が加盟する協議機関、「ICAO共国際民間航空機関)」の設立が定められました。47年に発足したICAOは、技能証明、航空規則、航空機登録、出入国、管制運用、事故調査など、国際運送に関わる様々な国際標準および勧告を作成しています。

ただ、シカゴ条約では、国際航空路線を開設するために必要な取り決めの多くが、会議を主導した米国と英国の意見の衝突により合意に至らず、路線を開設する当事国同士の話し合いに委ねられることになりました。その最初の事例が、46年、米国と英国の間で結ばれたバミューダ協定で、その後に世界中の国々相互に結ばれる二国間協定のモデルとなりました。

実際に国際路線を運営するためには、運賃や発券、精算の方法などを航空会社間で具体的に取り決める必要があります。このため、45年、国際線を運行する民間航空会社の団体TATA(国際航空運送協会)」が設立されました。
こうして、「シカゴ体制(シカゴ=バミューダ体制)」と呼ばれる、国際航空の秩序が確立されるなか、航空業界はジェット時代を迎えます。


2.航空自由化と業界再編
1978年、米国の国内線で航空規制が緩和され、航空会社の勢力図が激変します。自由化の波は欧州にも波及し、単一市場となったEU内で、国を超えた再編が進むことになりました。

米国発の航空自由化
米国では、1920年代から30年代前半にかけて数多くの航空会社が誕生しますが、競争の激化で安全性に対する不安が高まってきたことなどから、38年、既存事業者保護の色合いが強い民間航空法が制定されます。同法に基づき設置された民間航空委員会(CAB)は、その後、約40年にわたり、新規参入、路線設定、運賃設定などを厳しく規制し、その庇護下で既存の航空会社は安定した経営を続けられました。

しかし、70年代に入ると、ジャンボジェットなどの大型機が就航して航空輸送が大衆化し、石油危機に起因する運賃上昇などもあって、規制緩和、自由化推進の声が高まります。これを受けて、78年、当時のジミー・カーター政権は航空会社規制廃止法を制定し、新規参入の自由化、82年に運賃設定の自由化が実現されました。

当時、州を越えて路線を運航できる航空会社は36社のみでしたが、規制撤廃を受けて300社以上が新規参入します。なかには、低運賃を売り物とする航空会社も多く、大手航空会社のドル箱だった幹線路線の低価格化が進みました。これに対して、既存の大手は、ハブ・アンド・スポーク方式、FFP(マイレージサービス)、コンピュータ予約システムなどのビジネスモデルを開発して顧客の囲い込みを図ります。過当競争の結果、新規参入会社の200社以上が破綻、合併、買収などで姿を消し、生き残った会社の多くは大手の接続路線を運航する子会社に再編されます。


EUは単一航空市場に
広大な国土と国内市場を持つ米国と異なり、小さい領土の国家が集まっている欧州では、EU(欧州連合)域内全体を単一市場とする原則があります。米国での航空自由化が市場の活性化を導き出したことを受け、欧州でも航空市場統一の動きが加速しました。統一プログラムは、88年から三段階に分けて実施され、92年に発効したパッケージⅢによって、EU域内では、運賃や輸送力をはじめ、相手国からさらに第二国への輸送を行う以遠権や、相手国内の二地点を運航するカボタージュなどが自由に設定できるようになり、EU共通運航免許が設定されました。

また、国籍条項も撤廃され、国境を越えた航空会社の買収も可能になりました。これを受け、エールフランスとKLMオラング航空、プリティッシュ・エアウェイズとイベリア航空の経営統合、ルフトハンザによるオーストリア航空の買収など、フラッグキャリアを含めた統合と再編や、他国資本による航空会社の設立が相次いでいます。

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