1.安全運航をつかさどると同時に、緊急時等には絶対的な権限をもつ機内の指揮官、それが機長だ。比較的新しいボーイング747-400や777等の機種では、機長と副操縦士の2名体制で運航される。
かつては航空機を操縦することが仕事だったパイロットも、機材のハイテク化により、近ごろはシステムオペレーターとしての役割が大きくなった。航空機の複雑なコンピュータシステムを操作・チェックすることが主な仕事になっているのだ。ただ、これでパイロットになりやすくなったわけではない。
パイロットには、高度なコンピュータシステムを理解し、細心の注意を払いながら安全運航を行う能力と適性、そして強い責任感が不可欠だ。広い視野でものごとを見るバランス感覚、状況に応じて的確に判断処理する能力、さらに周囲と連携して問題を解決するコミュニケーション能力などのヒューマンスキルも重要。もちろん、航空法の定める身体条件を満たす健康体であり、その状態をつねに維持できる自己管理能力が必要なことはいうまでもない。
一般に、日本で民間航空会社のパイロットになるには、航空大学校を卒業して就職するか、航空会社の自社養成パイロットに応募する。また、定期航空会社のほかにコミューター等の不定期便のパイロット、報道機関やビジネスジェット、官公庁などのパイロットになる手もある。最近は女性パイロットの数も増えつつある。
2.パイロットのカバンには、いったい何が入っている?
昔から飛行機のパイロットは、少年の憧れの職業である。そのパイロットがいつも持ち歩いているものがある。それは
フライトバッグという黒いカバンである。じつは、この黒いカバンの中には、航空法で携帯が義務付けられている物が入っている。
まず、ルートマニュアル。これは飛行場の見取り図や離発着に必要な手順、経路、方法が記載された航空用地図で、最低気象条件、緊急時の手順などの情報が詰まった書類である。
各種ライセンスは、飛行機を飛ばすための資格で、操縦士技能証明、航空身体検査証明、無線通信士の免許など。
そのほか渡航に必要な書類、航法計算盤、飛行時間記録、航空機の性能表、懐中電灯、携帯用予備眼鏡などだ。 そのほか、上空では太陽の光がまぶしいので、目を保護するためのサングラス、鹿革の手袋、ヘッドホン、日本地図などが乗務に必要だ。
またあれば便利なものとしては、リップクリーム、目薬、デジカメ、電卓、辞書などがある。法定携行品から個人的持ち物まで種々さまざまだ。 パイロットはあちこち飛び回るため、これらを入れたカバンをいつも持ち歩いているのだ。
また、ルートマニュアルや各種参考資料は、内容が日々更新されるため、1週間ごとに差し替え作業をおこない、つねに最新の情報に更新されている。この航空情報が最新のものでないと、重大な事故につながる危険性があるからだ。だからパイロットは、肌身離さずあの重くて黒いカバンを持ち歩いているのだ。
機長や副操縦士らのコックピットクルーを機内で見かけることはあまりない。基本的にコックピットにいるのだから当然なのだが、では、パイロットたちがトイレをどうしているのか疑問に思ったことはないだろうか。
国際線の長時間のフライトでは、パイロットたちも食事もすればコーヒーも飲む。 当然、トイレにも行きたくなる。しかし、コックピットの中にトイレが設置されているわけではない。
じつはパイロットたちは、2階のキャビン前方にある、コックピットに一番近い乗客用トイレを使っているのだ。 だが、トイレ前で待っているパイロットの姿を見たことがないという人がほとんどではないか。実際、パイロットはトイレの前で順番待ちなどしない。トイレに誰もいないときを見計らって、トイレに駆け込むのだ。
では、どうしてトイレに誰もいないことがわかるのだろうか。 じつは、コックピット内には、トイレが使用中かどうかを示すランプがあり、そのランプが消えたときを狙っているのだ。しかし、ランプが消えたからといってコックピットを出たら、他の乗客がやって来て鉢合わせということもある。
そこで、コックピットのドアについている小さな窓を活用している。これは直径1センチほどののぞき穴で、レンズがはめてある。この穴の本来の役目は、コックピットに入ろうとする者を、中からチェックすることにあるが、トイレの使用状況の確認にも使われているのだ。
トイレ使用中のランプがついている頃から、のぞき穴を通して様子をうかがい、順番を待っている乗客がいなければ、トイレから人が出たときに駆け込む。こうしてパイロットたちは、乗客と鉢合わせることなく、確実にトイレを使用しているのである。
巡航中にAPを入れてパイロットは何をしているかという質問に答えていきたい。確かに自動化の進んだ今日では、APをGPSやIRSといったナピゲーションシステムに接続すれば、航空機は黙っていても予定の航路を目的地まで飛んでいくことができる。そして高度や速度の維持は、手を操縦梓から離していても、APやATがコントロールしてくれるので、パイロットは暇を持て余すのではないかと心配してくれることは分からないでもない。管制官との通信といっても、太平洋上から経度10度ごとに1回行えばよい。無風なら時間にして約1時間に1回だ。しかし、パイロットは決して計器類から目を離すことはない。
大体3分に1回のペースで主要な計器類の値に目をやって異常がないかを確認して、それは自ら食事をとる時も変わらない。食事は座席を10センチほど引いて膝の上にまず枕を置き、その上にトレイを載せて食べるやり方で、その間は副操縦士が前方確認と位置通報、飛行計画への記入、CAとの連絡、それに必要な操作を機長に替わって行うことになる。しかし、フォークとナイフを使っている時でも、時々自らも計器類に目を配る。実に悲しい習性でもある。
その理由は、巡航中といえども風や気温の変化によってエンジンのスラストが変化し、速度も変化したりすることに対して、APやATが正しく反応しているかどうかを確認する必要があるからだ。空の仕事は気象などの自然現象と、いつトラブルを起こすか分からない機械が相手だ。今までに起きた事故の中には、それに気が付いた時点で手遅れになった例も少なくない。トラブルは小さなうちに適切に対処していれば、事故にならなかったという教訓はいくつもある。
日本からロサンゼルスへのフライトを例にすると、パイロットは出発時刻の約1時間前には外部点検を済ませ、コックピットの中でFMSへの入力など、作業に追われている。そして全てのドアが閉まり、ゲートを離れると、タキシング、離陸上昇を経て巡航高度でこの間約1時間。
そして巡航中は、気象状況や機体の重量などに応じて適切な巡航高度へ移行していく。その間、管制官との交信やCPDLCと呼ばれる衛星を使ったデータ通信、エーカーズによる会社との通信で、航路上の悪天候情報や目的地や代替飛行場などの天候情報の入手、機上レーダーを使っての航路上の天候の確認、それに客室乗務員とのコミュニケーション(ベルト・サインや機内温度のコントロール、病人の有無など)と、一見暇に見えて忙しい状況が続くのである。
そして、何といっても航路上や目的地の天候が悪いと、もうコックピットの中は戦場と化す。
天候の変化が気になり、30分おきに情報を入手し、最悪の事態をいくつも想定することになる。
上空待機なら、燃料をどれくらいまで使うか、代替飛行場はどこに決めるか、その時は乗客の地上でのハンドリングは可能かなど、心配事は限りなく発生してくる。
そして、いよいよアメリカ西海岸に差しかかると降下の準備、その後は進入と着陸操作が待っているのである。
いまからフライトに出るという知り合いの副操縦士に今日のパートナーは?と聞くと、彼はふたりのベテラン機長の名前を挙げた。向かう先は英国のロンドンだ。
大型機ではかつて、機長と副操縦士にフライトエンジニア(航空機関士)を加えた3名のパイロットが乗務していたが、現在はボーイング777や787など最新の旅客機では2名乗務体制に変わっているはずでは?そんな疑問を持つ人も多いだろう。
新しい旅客機では、アナログ表示だった従来型コクピットが「グラスコクピット」に進化している。システムの監視・管理をコンピュータが行なうようになり、パイロットの作業量が軽減されたのだ。では、なぜこの便には副操縦士の彼のほかにコクピットにふたりの機長が乗るのだろうか?
操縦は機長と副操縦士の2名で行なうが、じつは欧米線などの長時間フライトでは、機長2名と副操縦士1名の3人が交代で乗務につくという決まりがあるのだ。
12時間のフライトであれば、操縦席に座る機長と副操縦士の乗務時間は合計24時間。
その24時間を、3人のクルーで8時間ずつ分担するわけで、3名乗務といっても3人で操縦するという意味ではない。
休憩に入ったパイロットは、次の交代に備えて心身をリフレッシュしておかなければならない。休憩中の過ごし方は人それぞれだが、仮眠をとるにせよ好きな読書などで時間を費やすにせよ、極力リラックスして過ごすことが求められる。
「私たちパイロットは眠りたければどこでも限れる、そのくらいのタフさが必要です」と、あるパイロットは話していた。「そうじゃないとこの職業は務まりません。もっとも、新しい機種ではクルーレスト(休憩室)の設備もずいぶん快適になりました」。
国際線の主力機材として活躍しているボーイング777-300ERや最新の787のクルーレストは、機首部分の天井裏スペースが活用されている。従来機種に比べてスペースが広くとられ、ゆったりとくつろげるようになったそうだ。
6.パイロットの袖口に輝く金ラインは何を意味している
男性だったら一度は憧れる「エアラインの機長」という職種。近年は女性の採用も各社で進み、コクピットに女性が座るケースも珍しくなくなりつつある。
さて、機長と副操縦士がいっしょに歩いてくるのを見かけたとき、多くの人は「当然、年配の人のほうが機長でしょ」と思うだろう。
けれど、必ずしもそうとは限らない。機長に昇格するには、副操縦士として乗務についてから平均10年ほどかかることは事実だが、経験を積めば全員が機長になれるわけではない。副操縦士として一定期間の乗務経験を重ねてから国家資格(定期運送用操縦士)を取得し、さらに機長昇格訓練を経て、はじめて機長資格が与えられる。
ふたりのうちどちらが機長でどちらが副操縦士かを見分けるには、彼らの着ている制服に着目してほしい。制服には国際的な決まりごとがいくつかある。そのひとつが、ジャケットの袖口やワイシャツの肩に縫いこんである金色のラインだ。
副操縦士の金ラインが3本なのに対し、機長の制服には4本線が光っている。入社して訓練がスタートするときには、まだ金ラインが1本もない。そこから数年間、厳しい訓練と勉強を重ね、副操縦士の資格を得たときにはじめて3本の金ラインが袖口に入る。
彼らにとってそれは、晴れてエアラインパイロットになったことの証しだ。そして、そこに加わるもう1本の金ラインは、いよいよフライトの「最高責任者」になることを意味する。
我が国の法律では、パイロットは乗務前12時間は禁酒となっている。しかし、日本が国際的にここまで厳しくする意味があるのだろうか。以前にフランスの航空機ではクルーの食事の際にもワインが提供されていたが、それは国の文化の違いとしても、12時間も前から禁酒というのは現実的ではない。一般の方の生活スタイルを想像してみてほしい。仮に夜10時に飲酒したとすると、翌日は会社に出勤しても、朝10時まで仕事をしてはならないことになる。しかし実際には、朝8時や9時から仕事をしても何の違和感も感じることはないであろう。
現在、国内線でも勤務がタイトになり、夜ホテルに着いて翌日の朝から勤務に就くパターンも少なくない。そのケースでは一滴も飲めなくなり、人によっては逆にストレス解消にもならず、熟睡もできないことにもなろう。この理不尽ともいえる12時間ルールも一度も改正されたことがないが、その理由は、基準を緩めて何か問題が起こったら、医師や官僚が責任を取らなければならないという事情以外には考えられない。パイロットも生身の人間である。
エアライン各社が頭を悩ませる2030年問題
手もとにある国土交通省航空局の最近の資料を見ると、日本には約5700人のパイロットがいる。5700人もいれば十分のようにも思えるが、この数字は海外の主要国に比べると圧倒的に少ない。
人口が日本の半分ほどのフランスでも約1万5000人、イギリスでは約1万8000人のパイロットが活躍。アメリカにいたっては約27万人にのぼる。2022年には国内で約7000人のパイロットが必要になるとの見通しもあり、早期対策の必要性が叫ばれはじめた。
国内のエアライン各社は1980年代後半のバブル期に大量のパイロットを採用したものの、バブル崩壊後の1990年代には一転して採用を抑制。2008年のリーマンショック以降は、採用数はさらに激減した。その結果、パイロットは40代をピークに30代、20代と若くなるほど数が少なくなっている。2030年には現在中心となって活躍している40代の機長らが大量に定年を迎え、パイロット不足はさらに深刻化すると見られている。これがいわゆる「2030年問題」である。
航空需要の増大にともなうパイロット不足は、世界的な課題でもある。国交省航空局ではパイロットの定年延長や定期身体検査の基準見直しに着手。外国人パイロットの採用円滑化や自衛隊員の民間への移行推進などの検討をはじめている。
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