目次

ボーイングの旅客機には700番台の番号?気になるその他の番号

1.ボーイングについて
ボーイングの旅客機
ボーイング
1916年創業
本社 アメリカ シカゴ
製造拠点
エパレット工場(747、777、787、767)
レントン工場(737)
サウスカロライナ工場(787)

ジェットエンジンを牽引した航空史のトップランナー
ボーイングは、1933年に初の近代的旅客機といわれるモデル247を完成させたものの、旅客機マーケットでは後発のダグラスに完敗していた。しかし第二次世界大戦前後に多くの爆撃機を開発することで高性能大型機の技術を蓄積し、1954年にジェット輸送機367-80を自主開発。これを元に作られた707で、ジェット時代の旅客機市場をリードし、小型短距離機の737から大型長距離機747までのラインナップを完成させた。1997年にはライバルのマクドネル・ダグラスと合併し、世界最大の旅客機メーカーとなった。

成功作へと育った787リピートオーダーも重ねる
現在、ボーイングが製造する旅客機は、ナローボディ機が737、ワイドボディ機が747-8、767、777、787の合計5機種だ。737は第三世代のNGから第四世代のMAXに生産の主体が移行しつつあるが、737NGも2018年だけで260機以上もの新規受注を得るなどまだ売れ続けている。ちなみに737MAXの受注数は2018年だけで約500機、通算では約4800機で、すでに737の総受注数の約7割に達している。

787は、これまで1000機以上を受注しているが、これはライバルのA350XWBの受注数の約1.5倍である。特筆すべきは全受注数の約3分の1がリピート発注、つまりいったん787を発注した航空会社からのさらなる追加発注であるということだ。実際に運航して不満があれば追加発注には結びつかないから、航空会社の満足度はきわめて高いといえるだろう。

一方で期待されたほどに受注を伸ばしていなのが747-8で、旅客機として運航しているのはルフトハンザ、大韓航空、中国国際航空の3社計36機のみ。他の多くは貨物機としての運航で、それにしても最近は受注が途絶えている。

787専用に新設されたサウスカロライナ工場
ボーインク旅客機の工場は、米ワシントン州のレントンおよびエパレット、そしてサウスカロライナ州ノスチャルストンの3か所にある。レントン工場では第二次世界大戦中にB-29爆撃機が製造されていたが、戦後はB-29をベースにしたC-97輸送機、そして707から始まるジェット旅客機を製造するようになった。

ただし、ここは市街地にあり、敷地や滑走路の長さに余裕がない。そこで初のワイドボディ旅客機である747の工場はエパレットに新設されることになり、以後の767、777、787といったワイドボディ旅客機はいずれもエパレット工場で製造されている。

またサウスカロライナ工場は、大量受注を得ながらも開発が遅れて航空会社への引渡しが遅延していた787用に作られた最終組立てラインだ。787は日本など世界各地で作られたコンポーネントをつなぎあわせて作られるため、ゼロから旅客機を製造する工場よりも簡単な設備で最終組立てを行なうことができる。

ナローボディの737は現在もレントンで製造されているが、初飛行のあとは近くのボーイングフィールドに着陸し、以後の試験や仕上げ作業が行なわれている。また12月15日からは中国の淑江省舟山にも拠点(737Completion and Delivery Center)が設けられ、中国市場向けの737MAXはここで塗装や最終仕上げを行なうことになった。

2.ボーイングのジェット旅客機
ボーイングの誕生
1910年、材木業で成功していたドイツ系米国人、ウィリアム・ボーイングがシアトルの造船所を買い取った。1916年に水上機を完成させ、これがボーイング社(当時は別社名)の1号機となった。

ボーイングが航空機を造り始めたのは既存メーカーの製品・サービスへの不満がきっかけであった。当然ボーイング社が初めから安泰であったわけではない。ボーイング最初の近代的旅客機として1933年に初飛行したのがボーイング247であった。これはダグラスDC-3に性能、そして販売実績でも完敗であった。

戦後間もなく登場した旅客機・ボーイング377も同時代のライバル機であるロッキード・コンステレーションやダグラスDC-6等に太刀打ちできなかった。流れが変わったのはジェット機の登場以降である。

世界初のジェット旅客機はイギリスのデハビランド社が造り上げ、1949年に初飛行したコメットである。不幸にして事故が頻発したコメットは大成しない。ボーイングとダグラスが相次いでジェット旅客機を初飛行させ、後にコンベア社やロッキード社もジェット旅客機の分野に参戦した。しかしボーイング社以外の米国製ジェット旅客機は次第に淘汰されていくことになる。

3. ボーイングのジェット旅客機が、B707に始まることはご存じのとおり。ではなぜ700番台なのか、なぜ707番からスタートしたのか?

実はこれはボーイング社の、社内的なモデルナンバー(型番号)に由来している。ボーイング社が開発した飛行機の第一号は、1916年のB&Wという水上機だった。Bはボーイング社の創立者ウィリアム・ボーイングのB、Wは設計・製作の協力者だった、米海軍のコンラッド・ウェスターヴェルトの頭文字Wを意味している。

これがボーイング社のモデルナンバー1になるわけだが、当時はまだシステマティックにモデルナンバーをつける習慣がなく、また製作も数機にとどまる(B&Wは二機製作)試作に近いものだったので、特にモデルナンバーを意識はしていなかったようだ。

ボーイングが初めて販売を意識して作ったのが、6号機でこれにB-1という機種名をつけている。メーカーとしてのボーイング社の一号機というつもりだったのだろう。モデルナンバーを意識したのは、1925年の商業用機モデル40からで、これを機会にさかのぼって過去の機体にもモデルナンバーをつけた。

開発順にB&Wをモデル1とし、そこからモデル10までつけ、そこからはなぜか15、16、21とつけて、次が40になっている。

15、16は米陸軍向け、21は海軍向けの機体だった。
モデル40以降ボーイング社では、民間機については社内のモデルナンバーをそのまま機種名とするのが原則になっている。

軍用機については、ボーイングのモデルナンバーとは別に、ユーザーである軍がその命名法に従って機種名をつけるので、一般にはその機種名のほうがよく知られていて、モデルナンバーまで知っているのはマニアくらいだろう。

とにかくボーイング40以降はモデルナンバーが整理され、その伝統が現在まで続くことになる。まずここからモデル102まで26機種が作られた(途中欠番がある)。そのうち民間機はモデル64(試作一機のみ)、モデル80、モデル95、モデル100と少ない。

当時のボーイングは戦闘機メーカーだったのだ。103から199までは翼型の設計番号とされ、飛行機のモデルナンバーは200番から再開される。モデル200が郵便機として活躍したモノメイルで200番台のブロックでは六機種の民間機が作られたが、成功したのはボーイング247だけだった。1933年に開発されたこのモデル247は、近代旅客機の時代を拓いた機体として高く評価されている。75機が作られた。

しかしこのブロックで注目すべきはモデル299で、これでボーイングは爆撃機メーカーとしての地位を確実なものにしたのだった。モデル299に陸軍がつけた機種名はB-17であった。

モデルナンバー300番台では、車・民計六機種が作られた。モデル307がストラトライナー、モデル314が飛行艇のクリッパー、モデル377がストラトクルーザーだ。ボーイングが機種名に愛称をつけたのはこの時期だけだった。

ボーイング社のあらゆる製品には、一連のモデルナンバーがつけられており、その700番台のブロックがちょうどジェット旅客機に当たっているというわけなのだ。

ところでB707の原型機は、ダッシュ・エイティと呼ばれたモデル367‐80だ。モデル367は軍用輸送機のC-97、これのターボジェット・バージョンとして考えられたのが、707のルーツだったのである。

367は‐76のバージョンまで作られていたので、ジェット化ということでダッシュナンバーを‐80としたもの。当然新しいジェットは700番台になるが、ボーイングとしては開発の秘密保持の目的もあって、新型ではなく367の改良型を開発中なのだとカムフラージュするため、社内ではダッシュ・エイティと呼び続けていた。

だから特に技術者たちはこの名称に愛着を抱いていて、B707がデビューしてからも、新しい機種名になかなかなじめなかったという。しかしこのジェット輸送機が完成後は、広報・販売セクションからの強い要望もあって、700番台のモデルナンバーを使うことになった。

そこでこのジェット旅客機第1号は、順番から言うとモデル700、ボーイング700と呼ばれるべきはずだった。しかしボーイング社は広告エージェンシーの意見も容れて、モデル707、ボーイング707と命名した。

「セブン・ハンドレッド」あるいは「セブン・オウ・オウ」よりも「セブン・オウ・セブン」のほうがどこかしら響きが良いのと、おそらくはラッキーナンバーの7がもうひとつあるほうが、縁起がいいと考えたのだろう、ということになっている。

これ以後7いくつ7という機種名が、727、737、747、757、767と続き、最新鋭機が777トリプル・セブンになったわけだ。

なおこの間のモデル717が、空軍に採用され707成功の原動力ともなった軍用輸送機・空中給油機のC/KC135、モデル720が707の短・中距離用タイプB720、モデル739が空軍の電子偵察機RC-135となっている。

したがってこれまでは、B717という旅客機は存在しなかったことになる。ところが1997年夏にボーイング社とマクダネルダグラス社が合併した結果、新たにB717が誕生することになった


この記事を見た人は、一緒にこんな記事も読んでいます!

ページのトップへ戻る