発着容量がどのように決まるのかを見てきた。それを受けて、実際にダイヤが張られる際のルールを見ていく。まずは、国内線について見てみよう。
空港という施設は国、自治体、特殊会社などの公共的な主体によって設置される公共施設であるが、航空輸送というサービスは民間の事業者によって行われている。空港が供用された後は、航空会社が、路線の採算性などを考えてダイヤを張っていく。航空事業そのものを行うには、安全かつ継続的に輸送できる体制となっているかなどの審査を経て、国の許可を受ける必要がある。
だが個別の路線については、原則としては、届け出を行えばよい。航空事業で最もコストがかかる装置は、航空機である。大型の航空機は1機あたり数百億円もする。この航空機をできる限り効率的に使うために、国内線であれば到着から数十分後には別の空港へ出発するように計画されている。飛行距離にもよるが、通常1機の航空機は1日に6回くらい飛行している。短距離便中心の航空機は、1日10回飛行している場合もある。
たとえば、朝、羽田を飛び立って関西空港に行った航空機が、次に那覇空港へ飛び、そして福岡空港へ行き、そこから同じ空港を戻って夜に羽田に着く、という具合である。航空機を効率的に使う以外にも、考慮すべきことがいろいろとある。航空機には一定の飛行時間ごとの
整備が義務付けられており、航空会社は羽田や伊丹などの大きな空港に整備基地を持っている。ある航空機が整備を終えて戦列に復帰する頃、整備が必要な別の航空機が到着し、交代させる。
また乗務員の休暇のため、数日に1度はベースとなる空港に夜戻ってこられるようにする必要もある。航空会社では、このような航空機のローテーションがうまく組めるようにダイヤを作っていく。
路線は、航空会社のニーズだけですべてが決まっているわけではない。自治体も、
地方空港を管理する主体として空港振興の希望や、大都市とのアクセスを少しでもよくしたいという住民の声などを反映して、さまざまな形で就航や増便を要請する。
このような要請をするのは、別に航空に限った話ではないが、たとえば鉄道が線路や駅など莫大な固定施設に影響を受けるのと比較すれば、航空は就航路線や使用機の変更が柔軟にできる。
そのためさまざまな
要望を受けて、日常的に自治体との間で細かな調整が行われた上で、路線、便数、発着時刻、使用機の大きさなどが決められているのが実情である。
ここ数年、厳しい経営環境を背景に、地方路線の廃止や使用機の小型化が目立っている。公共で整備するのは施設だけで、民間事業としてサービスを行うという航空輸送の性質上、不況の際にある程度サービスが縮小するのは避けられない面がある。
かつては、個別の路線ごとに免許制となっていた。国内線は主に日本航空、全日空、日本エアシステムの寡占状態にあり、いわゆるドル箱路線で利益をあげて、これを地方路線の赤字補填に当てることで、全体の路線が維持されてきた。
しかし規制緩和によって、スカイマークやエアドゥなど新規航空会社が参入し、ドル箱路線での競争が激化して
運賃が低下している現状では、どの航空会社も不採算路線を維持する余裕はない。国際線においても、世界的な自由化の流れや、格安の航空会社の登場などで競争は厳しくなっている。
こうした状況を背景に、最近開港した富士山静岡空港では、静岡県が日本航空の福岡便に対して70%の搭乗率保証をし、実際の搭乗率が下回った場合には補填すると約束した。これが税金の使い方として正しいのかという議論が沸き起こり、県知事選の争点にもなっていた。
その路線が本当に必要かという個別の議論や、70%を超えた場合には航空会社からも協力金を払う仕組みにすべきだったのではないかという論点はさておき、民間事業者である航空会社が採算性を基準に路線を選択するのは当然である。むしろ航空という高速公共交通機関による地域経済への波及効果を期待して、採算性は低くても地方として必要だと判断する路線があれば、その路線の維持を地方が支援するという考え方が今後広まっていくのではないか。
2.多くの国が航空インフラに国家をあげて力を注いでいる
航空インフラの効率的な活用の重要性については、多くの国が認識している。
経済のグローバル化の中で、使い勝手のよい空港と豊富なエアライン・ネットワークに支えられた効率的な航空インフラを持つことは、1国の経済的繁栄にとって重要な要素だからである。
たとえば、オランダには世界最大の花オークション市場があるが、これを支えているのが同国アムステルダムにあるスキポール空港である。
オランダ自体は人口わずか1600万人にすぎないが、国際路線の自由化(オープンスカイ政策)を積極的に進めてアメリカやヨーロッパ各国と航空ネットワークを張り巡らした結果、このスキポール空港の年間旅客数は2007年で4800万人にも上る。
いまや、イギリス(ロンドン)のヒースロー空港(6800万人)、フランス(パリ)のシャルル・ド・ゴール空港(6000万人)、ドイツ(フランクフルト)のフランクフルト空港(5400万人)などと並び、欧州を代表する国際ハブ空港のひとつとなっている。また、同空港はアムステルダム市街地に隣接(約10キロメートル)しており、市街地中心部まで15分程度でアクセスできることが魅力だ。
このスキポール空港によって世界中の花が空路でオランダに集まり、競りにかけられた後、また空路で世界中の消費者のもとへと届けられる。スキポールという国際ハブ空港が、花の栽培というオランダの伝統産業と結び付いて、ヨーロッパの小国オランダを世界最大の花オークション市場をたらしめているのである。優れた航空インフラによって経済を活性化させている好例といえよう。
日本の周辺を見ても、近年アジアの近隣諸国が次々と大規模空港を建設し、豊富な航空ネットワークを取り込もうと積極的な動きを見せている。たとえばシンガポールは、オランダ以上に小国であるが、アジアの交通、物流、金融のハブとなって経済を振興させようとする明確な戦略を立て、その重要な一部として航空政策を位置づけている。
同国のチャンギ空港は、便数が多く、乗り継ぎに便利なほか、手続きや荷物の受け取りが非常にスムーズで、航空機が滑走路に
着陸してからものの15分もあれば空港を出られる。使い勝手のよい空港として、SKYTRAXの顧客満足度ランキングなど各種団体の空港ランキングでは常に上位を占め、年間旅客数は3700万人にも上るアジア最大の国際ハブ空港の1つである。この航空インフラが、都市国家シンガポールの経済を支えている。
また、最近特に注目されているのが2001年に開港した韓国の仁川空港だ。ソウル中心部から40キロメートルほど離れた仁川市沖合の埋め立て地にある同空港は、ソウル市内までバスや鉄道で1時間以上かかるのだが、積極的な航空
ネットワーク構築により国際線の乗降客数を伸ばしてきている。
日本の地方空港からも多くの航空便が就航しており、欧米便も豊富であることから、九州。中国地方などから欧米に飛ぶには、成田空港や関西空港で乗り換えるよりも仁川空港を利用する方がかえって便利な場合もある。
シンガポールのチャンギ空港や韓国の仁川空港のほか、中国も香港空港や上海の浦東空港といった国際ハブ空港を有している。こうした状況下、成田空港は引き続きアジアを代表する国際ハブ空港の地位にあるものの、関西空港や中部空港などにとってはアジア近隣諸国の国際ハブ空港は大きなライバルとなっている。
国内線のダイヤ設定は民間企業の自由な経営判断が原則であるが、国際線のダイヤ設定はこれと大きく異なり、国同士の交渉による権益の交換が原則である。民間航空に関する国際的なルールは、1944年に米シカゴで制定された国際民間航空条約(いわゆる「シカゴ条約」)により定められている。
シカゴ条約は、その第1条において「締約国は、各国が自国の領域上の空間に対して完全に排他的な主権を有することを承認する」と定めて確認しているとおり、各国の領空主権を認めることを前提にしている。シカゴ条約を基本とするいわゆるシカゴ体制は、構築されたのが戦時中という時代背景もあって、たとえ民間航空機といえども自国の領空を通過する際には、主権国の一定の関与が必要という考え方に基づいている。
このように、国際航空の世界は国内航空と異なり、非常に規制色の強い世界であるとまず理解する必要がある。かつて日本もそうであったが、
未だに開発途上国を中心に航空会社が国営または国の資本が参加している例が多いのは、そうした点も背景にあると思われる。
また、後述する米国。EUなどの「航空自由化」についても、国際航空の世界が「領空主権」という考え方から完全に脱却できない以上、民間企業による自由な経済活動によるメリットばかりに着目すると、全体像を見失ってしまう点に注意が必要である。
シカゴ条約の第7条で、国内線については、「締約国は同一国内の2地点間の輸送について外国航空会社に許可を与えない権利を有する」とされており、外国企業にはまったく許可しないことも許されている。このような、外国企業が国内輸送を行うこと、またはそれに対して制限を行うかどうかを「カボタージュ」と呼ぶ。
日本はカボタージュ規制を行っているので、日本の国内線は、現在、日本の航空会社しかサービスを提供していない。世界でも、米国をはじめとして、ほとんどの国がカボタージュ規制を行っている。EUでは、域内路線について、加盟国の航空会社による運航は自由に認められているが、域外国の航空会社については規制している。EU域外国から見れば、EU全体がひとつの国のような塊になって、カボタージュ規制を行っているというような状況にある。
あまり知られていないが、航空機には船舶同様、国籍がある。カボタージュ規制をとる多くの国では、カボタージュを自国籍機の運航に限定し、その上で、自国籍機の取得を自国企業に限定することで、外国企業の参入を制限している。
一方、民間企業同士による自由な経済活動を促進するという観点から工夫されたのが、1つの航空機の座席を2つ以上の航空会社が販売する「
コードシェア」便と言われるものである。
これは、国際線に接続する国内線(たとえばロサンゼルスー成田―福岡の成田―福岡間)について、運航するのは日本の航空会社だが、日本の航空会社と外国航空会社がJL/AA
(日本航空/アメリカン航空)といったコードを振り、それぞれの航空会社の利用客に販売するというものである。
コードシェアはマーケティングの観点から生まれたものであるが、利用客にとっては、あたかも国内区間も含めたすべての旅程を外国航空会社が運航しているかのように、その会社が販売する
航空券により搭乗できるというメリットがある。
定期国際線については、第6条で、「締約国の特別の許可その他の許可を受け、且つ、その許可の条件に従う場合を除く外、その締約国の領域の上空を通って又はその領域に乗り入れて行うことができない」とされており、路線の乗り入れはもちろん、上空の通過であっても、国の領域を使用する際には許可が必要である。
この許可がどのような場合に与えられるべきかというルールは合意に至っていない。そのため、通常二国間の航空交渉を経て、航空協定という条約の形で個別に許可する内容を定めている。
航空協定の定め方にはさまざまなものが存在するが、一般的な場合、目的地に向かう途中で上空を通過する権利(領空通過の自由)、
エンジントラブルなどの緊急事態や給油のために着陸する権利(技術的着陸の自由)をお互いに認める。
そして路線に関しては、往復輸送の権利や、「以遠権」と呼ばれる、特定の場所にある第三国と自国間の輸送を行う権利をお互いに認めた上で、実際の運航については、航空協定に基づく政府間の航空交渉の場で決められる。ここで、個別の路線を特定し、輸送量についても指定する。このように、国際線の開設・便数設定は、詳細まで二国間交渉により規律されている。
二国間条約で相手国に認める路線の詳細まで定めるという方法は、次のような経緯から始まっている。もともとシカゴ条約が定められた際、米国は路線設定の自由を認めようと主張した。それに対し、巨大な航空会社のほとんどが米国にあるため、結果として米国企業の独占状態となることを危惧したヨーロッパ諸国が反対して合意に至らなかったのである。
そのため、国家間の交渉において国際線の路線の開設・便数設定の許可を協議する場合、自国において相手国の航空会社に認めるビジネス活動と同等の利益を相手国において自国の航空会社にも認めさせることを担保できるよう、相手国の航空会社が自国との間で運航を行う権利と、自国の航空会社が相手国との間で運航を行う権利を個別の路線ごとに交換する形式が定着することとなった。いわゆる相互主義に基づく権益交換である。
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